「またアンタを見かけたんだけど…偽者じゃないわよね…??」
Fさんが住職のもとを訪ね、開口一番そう言った。
その日は私も住職と一緒にいたため、これはFさんから直接聞いている話だ。
2児の母には到底見えないスラリとしたスタイルで、(相変わらず綺麗だなぁ)と見とれている私に気がついたのか、住職が私の頬をつねり上げる。
「お前にはチャンスなんかねーぞ。まぁもしFにナニかしたら、オレがお前を呪ってやる」
目を細めて冗談っぽくニヤついているが、住職なら本当に呪いかねないので恐ろしい。
「どこで見た?」
急に真顔になった住職がFさんに尋ねた。
住職は少しばかり緊張しているようにも見える。
「国道の通りを歩いてた。隣に女の人も一緒だったわ。兄さんは女性を連れて歩くことはないからね…それで今回はおかしいって気付いたの」
『愛せない理由』をお読みいただいた方は既にお分かりいただいているかと思うが、とある出来事により、住職が想いを寄せる女性はいない。
住職が若い女性とふたりっきりで歩くとすれば、妹さんのFさんくらいだ。
『愛せない理由』の出来事については、もちろんFさんも知っている。
だからこそ、見かけた住職がおかしいと気付いたのだ。
「F、お前、大学時代のGって女、知ってるだろ?」
Fさんは一瞬考えるような表情をしたが、すぐに気付いたのか、首を大きく縦に振った。
「あっ、いたいた!G!暗いわけじゃなかったけど、占いとかが好きで、ひとりでいることが多かったわね」
「…って言うか、何でアンタがGのコト知ってんの??」
怪訝な表情でFさんは住職に尋ねる。
「結論から言えば、そのGって子の仕業だ」
驚き、そして怒った表情を見せるFさん。
「はぁ?アタシがGに何したってのよ!」
「しかも、ニセのアンタを見せつける嫌がらせって何なのよ!」
「て言うか、ドッペルなんとかってかなりの力がないと作れないんでしょ?Gにはそんな力があるってコト??」
立て続けに質問を投げかけるFさんを住職が手で制する。
「まぁ落ち着けって。Gのコトを調べるのは簡単だ。オレ様のスーパー情報網だぜ?」
「ニセのオレを見せつけるのは、とある理由がある。これは後で説明する」
「Gはドッペルなんとかを作り出せるだけの力を持ってる。現にお前に見せているからな。それが証拠だ」
「Gは生まれつき“力”を持っていたわけじゃない。独学と“とある儀式”を行って手に入れた力だ。まぁオレたちから言わせれば『邪道』だな」
「そして、なぜそこまでして力を得たのか…答えは簡単だ。お前への“復讐”だよ」
Fさんへの復讐…。
背筋が少し寒くなる感じがした。
Fさんは本当に綺麗な女性だ。
もちろん、Fさんを妬んでいる女性がいてもおかしくはないが、しかし、Fさんはサバサバした裏表のない女性でもある。
メジャーどころで言えば“恋愛関係のもつれ”が原因だろうが、Fさんのそんな“もつれ”の話などは一度も聞いたことがない。
そんな私やFさんの疑問に気が付いたのか、住職が口を開く。
「さて…じゃあ何でFに復讐をしたいのか…それは、オレたちの先祖の話にまで遡る」
住職の先祖は『住持職』、つまりは住職であり、私の知る住職と同じ生業を行っていた。
先祖の住職はとてつもない力の持ち主だったそうで、数多くの霊的な問題を解決に導いていた。
そんな先祖のもとに、ある時期から類似した依頼が届くようになった。
『先祖と同じような生業を行っている住職がいるが、実際には何も解決しておらず、むしろ悪化している。それでいて取られる費用も高額だ』
多忙を極める先祖であったが、空いた時間を利用し、その問題のある住職を調べてみた。
「まさかその問題のある住職って…」
何となく予測はできたが、恐る恐る住職に質問する。
「そう、Gの先祖の住職だ」
「G側の住職は実際には何の力も持っていなかった。…いや、正確に言えば“とある”力は持っていた。本人は気づいていなかったようだがな」
「厄神だよ。Gの先祖は厄神に取り憑かれていた」
「厄神は別に当人にだけ影響を与えるわけじゃない。Gの先祖のようなぼったくりをやってたんじゃあ厄神はより力を持ち、周囲にも大きな影響を与える」
「オレの先祖はよっぽど良い人だったみたいだ。ご丁寧にもGの先祖に文書を送った。『厄神に取り憑かれている。祓ってやる』と」
「激昂したはGの先祖だ。ウチの先祖が順調だったのも気に食わなかったんだろう」
「Gの先祖はウチの先祖に“あるモノ”を送りつけてきた」
「木で作られた“阿修羅”の像だ。大きくはない、手に乗せられるほどのものだな」
「阿修羅は…知ってるよな??インドでは鬼神、悪神として忌み恐れられている。顔が3つあって、腕は6本の…アレだ」
「Gの先祖がなぜソレを送りつけてきたか、ソレをどうやって手に入れたのかは分からないが、その阿修羅像には強力な呪いが掛かっていた」
「まぁ…仕方が無かった。Gの先祖はその像が呪われているとは思ってもいなかったはずだ。シャレ…でもないが、ちょっとした脅しで送ったんだろう」
「コレに逆にブチギレたのがウチのご先祖さま。呪い返しを施した上で、その像を送り返しちまった」
「阿修羅はその性質上、呪いを大きく増幅させる。呪い返しで更に強くなった力は、Gの先祖の肉体まで崩壊させた」
「数日の内にGの先祖の家族は全員死に絶えた」
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「え?じゃあGは誰の子どもなのよ」
私も思ったコトをFさんが代わりに質問する。
「Gの先祖には妹がいた。この妹はGの先祖とは腹違いの妹だ。そのお陰なのか、この妹とその家族には影響がなかった」
「つまり、その妹の子孫が…」
「そう、Gってわけだな」
しかし、そうなるとFさんへの復讐の理由がますます分からない。
「まぁ、実際にはオレたち子孫への復讐なんだがな…オレはこんな感じで特殊な力の持ち主だ。今のウチの家系では、お前…Fだけが力を覚醒していない」
「私を標的にしたのね…」
住職が頷く。
「Fは既に家庭も持ってるからな。家族ごと潰すつもりだったんだろう」
少し疑問に思ったコトを住職に尋ねる。
「え、でもGさんは住職のコトも知ってるんでしょ?じゃあFさんに何かしても、住職が助けることくらい彼女も分かりそうなものだけど…」
「実は、Gはドッペルゲンガー以外にも、いくつか呪いのアイテムを用意していたんだ。一つ目は、コレだ」
そう言いながら住職が取り出したのは、阿修羅の像だった。
手に乗るサイズの物で、透明な袋に入れてあった。
「これって…」
「そう、Gの先祖を全滅させた阿修羅像だ。これはGから譲り受けてきた」
「はぁ??」
Fさんが呆れたような表情を見せる。
確かに、Gさんから譲り受けた、とはどういうことなのか…。
「前置きが長くなったな。このドッペルなんとかの問題、実は裏ではちょいと大きな話になっててな…」
そして住職は、とんでもない事実を告げるのであった。
(次回へと続く)