愛せない理由

私の尊敬する師匠である住職は、既に良い歳なのだが、結婚していない。

住職については、以前の投稿をお読みいただいている方は既にご存知だと思うが、念の為に補足しておく。

その住職とは、母を介して私が小さい頃からの知り合いであり、様々な良い事や悪い事?も教わったものであった。
住職らしからぬノリの良さで、ちょっとチャラい住職でもある。

しかしながらその能力は本物で、霊視はもちろんのこと、除霊や浄霊はお手の物だが、その実情を知っている人物は極少人数である。

住職が結婚しないのには理由があった。
それは、住職の壮絶な経験が、結婚を…いや、人を愛することをできなくさせていた。

住職には彼女さんがいた。
仮にその彼女はEさんとしよう。

Eさんとは私も何度か会ったことがあった。

Eさんは、少し影のある感じではあったが、お淑やかで優しく、とても綺麗だった。

多分、住職もEさんも結婚を意識していたんだと思う。

Eさんは呪われていた。
いや、Eさんの家族は全員呪われていたそうだ。

それはEさんの高祖母の行いにまで遡る。

Eさん家は代々、“巫(かんなぎ)”でかなり有名な家系であったそうだ。
巫とは、自身を神の寄り代とし、神の言葉を伝える、というのが主な役割ではあるが、実際には霊視や除霊、浄霊などを請け負うことが多かったようだ。

当時でも中々に少なくなった存在ではあるが、Eさんの高祖母は伝統ある巫を続けていた一人であった。

…しかし、実際には巫の役目を担ってはいなかったのだ。

Eさんの高祖母は“呪いの代行”を行っていた。
しかも、呪いを掛けるのは高祖母ではなく、呪いの元凶となる、とある人物に行わせていた。

いや、高祖母は呪いの元凶を作り上げていた。

Eさんの高祖母は、呪われている人物を見つけては「呪いを解いてやろう」と言葉巧みに自宅の隣にある儀式場へと連れ帰っていた。

その儀式場には、小さな女の子が住んでいた。
Eさん家の家族…ではない、女の子だ。

実際に呪いを解く力なんて持っていなかった高祖母は、あたかも呪いを解くかのような儀式を行った。

そして最後に、呪われている人物の指先を少し切り、その血液を集める。

儀式はそれで終了。

「呪いの元凶は抜けたから大丈夫」などと適当に伝え、呪いなど解かれていない人物は満足気に帰ってゆく。

その後、高祖母は集めた血を持って、女の子のもとへ向かう。
女の子は儀式場の地下に住まわされていた。

そして、その集めた血を女の子に飲ませるのだ。

住職によると、呪いが掛かっている人物の血にも、それなりの呪いの力が宿るのだそうだ。

そんな血を幾度となく飲まされた女の子は、呪いの元凶、呪いそのものの存在となっていた。

では、どのようにして呪うのか。
それは、その女の子の血を呪いたい人物に飲ませるのだ。

食べ物、飲み物、何でも構わないので、彼女の血を一滴でも口に含めば、呪いが成立する。

いとも簡単で、そして正に最悪な方法であった。

ある日、呪いの元凶となっていた女の子が消えた。
その数日後、高祖母も原因不明の病で急死。
目が見開かれ、恐怖に歪んだような顔で死んでいたそうだ。

その後、Eさん家では不可解な事が起きるようになった。

一族の“女性”は30歳以上は生きられないようになってしまったのだ。

30歳を超えていた女性は、親戚を含め次々と死に至り、新しく生まれてきた“女性”も、30歳には必ず死んでしまっていた。

また偶然なのか、これも呪いなのか、Eさんの高祖母が亡くなってから、生まれてくる子どもは、全て女の子であった。

高祖母はそのおぞましき儀式を家族の誰にも伝えていなかったので、まさかこんな呪いに掛かっているとは思ってもいなかったようだ。

高祖母は儀式場は残すように、と常日頃から遺言のように話しており、儀式場は長い間そのまま残されていたが、現代となり、その木造の古い建物も周りの景観に合わなくなっていた。

そこで、儀式場の取り壊しが計画され、中の整理をしていたところ、高祖母が残したであろう手記を発見した。

その手記に、高祖母の一連の儀式の内容が書かれており、「もしかすると一族に呪いが掛かっているのではないか」と推測したEさんは、住職に助けを求めた、といった流れである。

Eさんが住職に助けを求めたのは27歳の時。
呪いが掛かっていることは住職もすぐに分かり、タイムリミットは目前であった。

まずは住職が呪いを解くため、様々な方法を試した。
しかしどれも効果はなく、時間だけが過ぎていった。

実のところ、元凶が儀式場にあることは、住職もすぐに分かっていた。

しかし、そういった“霊的”なことを、Eさんの父親が全く信じておらず、またEさんの父親の職業柄、世間体を非常に気にしていたため、住職を儀式場に入れることに激しく反対していた。

Eさんが29歳になったある日、勤めている会社で倒れた、との連絡が住職に入った。

すぐに病院に駆けつけると、意外にもEさんの顔色は良く、大事には至っていなかった。

過労による貧血、病院の診断はそうなっていたが、そうではないことを住職は理解していた。

先に到着していたEさんの父親に、住職は再度説明した。
今まで幾度となく説明した内容を。
早くしなければ、Eさんも亡くなってしまうかもしれないことを。

住職の熱い気持ちが届いたのか、Eさんの父親は、儀式場の調査を許可したのである。

その週末、住職は儀式場の前に立っていた。

Eさんや周辺住民は何も感じないだろうが、混沌とした禍々しい力を、住職は感じ取っていた。

住職の隣にはEさんもいた。
Eさんがいなければ呪いは解けない、そう確信していた住職は、敢えてEさんを同行させたのだ。

そして二人は、静かに儀式場へと足を踏み入れた。

儀式場の中は、更に混沌とした力が蔓延していた。

前回、途中まで整理したところで、Eさんの高祖母の手記を見つけたため、儀式場の中はやや荒れている状態であった。

外からの見た目とは違い、儀式場はかなり広かった。
1階は儀式を行うメインとなる畳張りの部屋だ。
正面には豪華な祭壇のようなものが設置されていた。

多くの物はダンボール箱へと整理されていたが、まだ大量の書物が棚に残されていた。
そのほとんどは“巫”に関するものだ。

ゆっくりと中を確認した後、住職とEさんは2階へと上がる。

2階は儀式用と思われる小さめの部屋が一つと、残りはキッチンや寝室など、住居スペースとなっていた。

前回はEさんも2階には上がっておらず、高祖母が亡くなってから、ほぼそのままとなっていた。

何十年もの間、誰も踏み入れていないはずだが、ホコリなどはほとんど溜まっておらず、異様な感じがした、とその時の状況を住職は語る。

全ての確認を終えた住職とEさんであったが、肝心のある“モノ”を見つけられていなかった。

そう、“地下室”だ。

手記には地下室についての記載があった。
そして、元凶は地下室にあると、住職も確信していた。
しかし、その地下室への入口がないのだ。

元凶の“力”を探るにしても、既に建物全体に禍々しい力が蔓延しており、住職の能力で探すことは困難であった。

そこで、住職とEさんは手分けをして探すことにした。

しばらく探していると、祭壇の右手にある台座の下に、不自然なマットが敷かれていることに気付いた。

畳と同じような色になっており、部屋が暗いこともあってか気付かなかったようだ。

見た目は重そうな台座であったが、実際には軽く、簡単に移動させることができた。
そしてマットを捲ると、地下への入口らしき、四角い蓋が姿を現した。

蓋には取手が付いており、住職が引っ張り上げたが、鍵が掛かっているのか、蓋は開かなかった。
よく見ると、蓋の右下あたりに小さな鍵穴があった。

鍵の心当たりなど全くなかったEさんであったが、2階に高祖母の書斎があったことを思い出した。

二人で2階に上がり、高祖母の書斎に入る。

書斎はとても綺麗に整頓されていた。
年代物と思わしき机が置いてあり、その引き出しを住職はEさんと一緒に探した。

「あった!これかな…?」

Eさんは幾つかの鍵が付いているキーリングを見つけた。
恐らくは各部屋の鍵であろうか。
その中でも一際に目立つ、古めかしい鍵が付いていた。
それで間違いないと確信した住職とEさんは、再び1階の地下室へ続くであろう蓋のもとへと戻った。

その古めかしい鍵は鍵穴にピッタリとはまり、ギギギ…と長年の錆びが削られるかのような音と共に「ガチャン」と鳴り響き、鍵は開いた。

住職は取手を握り、引っ張り上げる。

少しだけ開いた隙間から、冷たい風が吹き抜ける。
それと同時に、住職の頭には女性の叫び声が響き渡る。

(ここだ…)

確信した住職は、蓋を開け放つ。

そこにはハシゴが続いていた。
懐中電灯で中を照らすと、微かに下が見える。
かなり深い地下のようであった。

住職が先に、Eさんがその後に続いてハシゴを下りる。

光の届かない地下室…中は真っ暗であった。
懐中電灯で照らしながら、その地下室を確認する。

電灯が備え付けてあったが、もちろん既に電気は通っていないので、明かりを灯すことはできない。

住職とEさんは注意深く、ゆっくりと移動を始める。

ハシゴを下りると一本道となっており、その先にはやや広めの空間があった。

“女の子”の生活空間だったのだろうか。
布団や毛布、枕などが生々しくそこには残されていた。

…いや、そこは“生活空間”とは到底呼べないような場所であった。

三畳ほどの板が中央に敷き詰められているだけで、その他の床は土がむき出しであった。

部屋の入口から見て左奥に小さな部屋があり、そこはトイレとして使われていたようであった。

トイレとは言え、こちらも環境は劣悪であり、土の床に穴を掘り、その上に穴の空いた板を置いただけのものであった。

地下室の部屋はそれだけであった。

地下に下りてから、住職は不可解な状況に困惑していた。
儀式場ではあれほどの邪悪な力を感じていたのに、地下に下りると、その力を全く感じなくなったのだ。

(何かが隠されている)

そう感じた住職は、地下室をくまなく調べた。

すると、部屋の入口から見て右奥の壁、約30cm四方だろうか、他の壁と微妙に色が違うことに気付いた。
懐中電灯の光でこの違いを見つけるのは奇跡に近いが…。

「もしかすると見つけてほしかったのかもしれない」

住職はまるで何かに導かれるかのようにそれを見つけたのだそうだ。

手で押してもビクともせず、足で蹴ったところ、バキッ、という音と共にそれに穴が空いた。

表面が土壁にそっくりに作られた、木の箱のようなもので塞がれていたのだ。

木は朽ちかけで、空いた穴から手で簡単に取り除くことができた。

屈んで懐中電灯で中を照らすと、先が通路になっていた。
具体的には、土壁の一部に30cm四方の通路を作っているだけで、壁の向こう側は、人が通れる普通の通路になっていたのだ。

土壁は見た目よりも頑丈に作られており、30cm四方の穴から中に入るしか方法がなかった。

崩落の危険もあったが、Eさんの呪いを解くためには、そんなことを言っていられなかった。

幸い、住職は小柄で、Eさんもほっそりした体型だったので、二人は順番にその穴を通り、通路に入った。

通路を進むと、少し開けた場所に出た。
中にはひな壇のような棚が置かれていた。
棚の上には何も置かれていなかった。

何も置かれてはいなかったのだが…棚には呪文のようなものがビッシリと書かれていた。

住職によれば、それは“魔封じ”の呪文だそうだ。

住職は意を決してその棚を押しのけた。

すると、棚の下には丸い入れ物が置かれていた。

丁度、赤ちゃんをお風呂に入れる時に使うような楕円形の桶、それを少し小さくしたような感じだ。

色は黒。
禍々しい力が溢れ出ているようだった。

蓋は御札のようなもので封をしてあったようだが、既に朽ち果て、端っこの方しか残っていなかった。

住職がその蓋を持ち上げる。

Eさんの悲鳴が響き渡る。

入れ物の中には、ミイラ化した人間が納められていた。
恐らくは例の呪いの元凶と化した女の子であろう。

その顔は歪み、まるで人間とは思えないような顔付きであったそうだ。

住職とEさんはすぐに警察に連絡した。

現場では警察の現場検証が行われ、住職やEさん、Eさんの父親が事情を聞かれた。

しかし、如何せんEさん家は高祖母の行いや事実を知らず、答えられるようなことはほとんどなかった。

そして、女の子の遺体の状態から、住職たちが関与している可能性はないと判断された。
またEさんの高祖母も既に他界しており、証拠も手記しか残っておらず、捜査等が行われることはなかった。

住職の能力については、多少疑われたようだが、そういったコトに慣れている住職は、
のらりくらりと警察の事情聴取をうまくかわしたそうだ。

女の子は、Eさん、そしてEさんの父親の希望で、住職も見守る中、手厚く埋葬された。

心なしかEさんの顔色が良くなっているように見えた。

この一件で、Eさんの父親も公認の仲となり、住職とEさんの結婚は間近かと思われた。
私も心からそう願っていた。

Eさんが30歳になった冬、職場でEさんが倒れたとの連絡が住職のもとに入った。

すぐに住職は病院に駆けつけたが、Eさんの症状はあまり思わしくなかった。

口には酸素吸入、腕には点滴…。

住職が担当医に詳細を聞くも、精密な検査をしない限りは何とも言えないが、血液検査を見る限りは全く問題がなく、担当医も首を傾げていた。

呼吸がやや浅いため、念のために酸素吸入と、栄養剤の点滴を行っているに過ぎなかった。

「Eの呪いは解けたんじゃなかったのか?」

Eさんの父親は、攻めるような口調ではなく、あくまでも冷静に住職へと尋ねた。

住職は回答に困った。

Eさんからは既に呪いの気は消えていた。
しかし、どう考えても呪いの影響に違いなかった。

(何故だ…何かをし忘れたのか)
(いや、そんなハズはない…手厚く葬っただろ)
(よく考えろ…いや、教えてくれ)
(オレは一体何をしなければならない…!)

その夜、Eさんは住職の寺の一室にいた。

Eさんが“最期”は住職と二人が良い、と希望したので、病院を抜け出し、住職の寺へとやって来たのだ。

住職もEさん自身も、Eさんの先が長くないことは分かっていた。
住職はEさんの手を握り、何も言わずにEさんの目を見つめていた。

Eさんの最期は壮絶なものであった。

口、鼻、耳、目、身体の穴という穴から血を流し、長時間苦しみ抜いて死を迎えた。

当然、病院や警察からは住職が疑われたが、何度検査をしても死因が不明であったため、すぐに住職の疑いは晴れた。

Eさんの父親から責められることも覚悟したが、意外にも、Eさんの父親は住職に感謝の言葉を贈った。

「Eは…もしかすると小さい頃から呪いの存在を知っていたのかもしれない。あまり笑うことをせず、恋愛などしなかったEが、唯一、君に心を開き、私に笑顔を見せてくれた。短くはあったが、君と共に過ごした時間は、Eにとっても、私にとっても貴重な宝物だ。本当にありがとう」

しかし、Eさんを救えなかった住職は悲しみに暮れた。
その悲しみを酒で紛らわせる、といった荒れた生活が続いた。

Eさんが亡くなって1週間が経ったある日、いつものように浴びるように酒を飲んで眠っていた住職は、Eさんの夢を見た。

Eさんの後ろ姿が見える。
Eさんが斜め上を指差す。
Eさんが指を差す方向には建物が見える。

儀式場だ。

Eさんは儀式場の屋根の部分を指差している。
振り向いたEさんは悲しげな表情をしている。

そこで住職は目が覚めた。

(儀式場にはまだ何かがある)

Eさんの訴えでそう確信した住職は、すぐに儀式場へと向かった。

住職は儀式場の前に立っていた。
今回は一人だ。

Eさんの父親は仕事で家を出ていたが、住職の連絡を受け、快く儀式場の調査を承諾した。

(もし何かあった時のために)

と、Eさんは儀式場の鍵を住職に預けていた。
Eさんは…こうなることを知っていたのかもしれない。
今となってはそれを確認することもできない。

悲しみを振り払い、住職は儀式場へと再び足を踏み入れた。

警察の現場検証の後もEさんの父親は入っていない、と聞いていたので、儀式場はほとんど変わっていなかった。

(Eが指差していたのは2階か?)

そう考えた住職は、2階を再度確認することにした。

2階はおろか、建物自体から禍々しい力は消えていた。
一体まだ何が隠されているのか…住職は困惑した。

小一時間は確認をしただろうか。
住職は何も見つけられずにいた。

焦る住職の頭に、先代の言葉がよぎった。

(何かあるはずの場所で何も見つけられない場合、目を瞑り、まずは落ち着くのだ。そして、頭の中でその場所を再度確認するのだ。少しでも現実と異なる部分があれば、そこに何かしらが隠されている)

住職は目を瞑り、気持ちを落ち着かせた。
そして、儀式場の2階を“頭の中”で再確認する。

一度“頭の中”で2階を確認した住職であったが、特に変化は見られなかった。

落ち着きを取り戻した住職は、より注意深く、もう一度2階を“頭の中”で確認して回る。

すると、各部屋を繋いでいる廊下のとある天井に黒い影のようなモノが見えた。
場所としては、ちょうど書斎の前あたりだ。

その天井の下に来た住職であったが、特に変わったところは無いように見えた。

住職は再び“頭の中”で周囲を見渡した。

すると、今度は左の足元の壁近くにある、コンセントが少し輝いた。

よくよく考えれば、そのコンセントは明らかに不自然な場所に設置されていた。
廊下の場所としても中途半端だ。

住職は屈んでコンセントを確認する。

一見すると普通のコンセントに見えるが、下の二つの穴が偽物だった。
ボタンのように押せるようになっていたのだ。

住職はゆっくりとその“ボタン”を押し込む。

ガチャン、といった音と共に、目の前の天井が傾いた。

(隠し階段か…!)

そう、隠し階段だった。
Eさんが訴えていたのはこの場所だったのだ。

手が届く場所まで傾いた階段を、住職は引っ張り出した。

階段は木製だが作りはしっかりしていた。
住職はその階段をゆっくりと上がった。

そこは屋根裏部屋だった。
まるで最近人が掃除をしたかのように床が綺麗であった。
住職に“恐怖”が湧き上がる。

そして、屋根裏部屋に上がった瞬間から、住職の身体には恐ろしいほどの禍々しい気がねっとりとまとわりついていた。

背中がゾクゾクする。
何か悪いコトが起きる前兆だ。

握る懐中電灯の光が震える。

屋根裏は広かった。
懐中電灯の光が、ある一点で止まった。

屋根裏にそれ以外の物は何も無かった。
ほぼ真ん中あたりだろうか。
台座のようなモノがあり、その上に木の箱が置かれていた。

箱には無数の札が貼られていた。

(魔封の札…)

魔を封じる呪文が書かれた御札だ。
そこには、住職ですら見たことが無い呪文も書かれていた。

(一体何を封印している…)

恐怖はピークに達していたが、意を決して、その箱に手を伸ばす。

指先が箱に少し触れた瞬間、電気のような痺れが身体中を襲った。

怨念。それは怨念そのものだった。

住職は念仏を唱えながら、その箱の蓋を取り払った。

「うわー!」

住職が声を上げて恐怖したのは、現在に至るまでもこの1回だけだそうだ。

そこには首が入っていた。
ミイラ化した首だった。

長い髪がまだ残されていたため、恐らくは女の子のものだろう。

その顔は見るに堪えないほどに歪んでいたそうだ。

住職はその場に崩れ落ちた。

そう、呪いは解けていなかったのだ。

地下で亡くなっていた遺体はコレの存在を隠すためのダミーだったのだ。
呪いの元凶などではない、誰とも分からない遺体を、ただ手厚く葬っただけだったのだ。

その首の横には、折りたたまれた黄ばんだ紙が入っていた。
その紙にはこう書かれていた。

『間に合わなかったな』


「そ、それって、まさか…」

私が全てを言い終わる前に、住職は首を横に振った。

「いや、年齢的に高祖母が生きているはずはない。Eの父親がこんなことをするとは思えない。もちろん親戚だって調べたが、そもそもEの親戚のほとんどは死んじまってたからな。唯一生き残ってた親戚も、高祖母の件は知らなかった」

「もしかするとEの高祖母は、本物の力の持ち主だったのかもな。こうなるのが分かっていたのかもしれないな…」

そう言いながら日本酒を口に運ぶ住職の横顔を忘れることはないだろう。