死の神・浄化編
私は暗闇にいる。
暗闇の中にひとりの人物がいる。
例の同級生だ。
ここは住職の寺の裏山にある蔵?だ。
外観は完全に蔵なのだが、中は空っぽで、窓ひとつない異様な空間だった。
『朝になるまで絶対に出るな。それ以外は何をしていても構わない』
『あ、でもヘンなコトはすんなよ』
それだけを告げると住職は去って行った。
住職が言うには“浄化の堂”だそうだ。
堂に向かうまでの間の会話で教えてくれた。
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「君の中のソレは、何故あんな姿なんだ?」
住職の運転する車の中だ。
私は助手席、同級生は後ろに座っている。
「彼らには実体がありません。毎回見た目は変わるので、私にも何とも…」
「実体がない?君は一体あいつらをどこで…」
「私が作り上げました」
「つ、作ったのか!?…君はとんでもない力の持ち主だな。まさかオレがしてやられるとは」
住職を見る。
その視線に気が付いたのか、チラッと私を見てから話を続ける。
「自分で飼うにせよ何にせよ、霊っていうのは必ず実体があるんだ。まぁこの場合、元となるモノを指すな」
「この子はその元を無しに霊体を自身で作り上げた。普通の人間ではまずそんなコトはできない」
「実態がない、と言っても例外もあるがな。『四谷怪談』知ってるだろ?あの物語は完全なフィクションだ」
「だが“お岩さん”を題材とする時、事前にお祓いをしないと霊的な現象が発生する、というのは有名な話だな」
「知ってると思うが、四谷怪談のような“呪いのお岩さん”なんて存在しないんだ。実在のお岩さんは、むしろ神に近い存在だ」
「実体のない“呪いのお岩さん”が呪いを引き起こしている…普通なら有り得ないだろ?」
「それに近いコトを、この子は自分自身で行っている」
「しかし…霊を飼い慣らすには代償が必要だが…」
「代償は私の身体です、住職さん」
「霊体と意図的に交わっているのか!?」
霊と交わる…どういうことなのだろうか。
「はっきり言うが、最悪の代償だ。霊との交わり…“禁忌”だよ。のめり込めば現実に戻れなくなる」
「ただ…恐らくは女性だから耐えられているのだろう。霊との交渉で壊れるのは決まって男だ」
「男は性的快楽の衝動をすぐに抑えられなくなる。霊との交渉はそりゃ凄いらしいぞ」
「なるほどな…それで君の“下僕”は従順なのか。オレがコイツの夢の中で封印を施そうとした時、自分から消え失せたからな」
「幸いなのは、君がこいつらを悪用する気はないことだが…それでも危険なことに変わりはない」
住職の車を降り、私と同級生は住職に付いて行く。
「今から“浄化の堂”に行く。お前の侵蝕を浄化するためだ」
「君もコイツと一緒に入ってほしい。君に影響はないだろうが、コイツの中で君の下僕が悪さをしないように見張っててほしいんだ。いいね?」
同級生は静かに頷く。
そして私たちは“浄化の堂”に到着した。
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「嫌いになったでしょ?私ストーカーだし。化物を飼ってるし…」
同級生が話しかけてきた。
堂の中には小さな豆電球が付いており、部屋の全体を何とか照らせるか、といった何とも心細い光だった。
「そんなことないよ。住職のお陰でちょっとしたことでは驚かなくなったし。大丈夫」
「そう…良かった」
そう言って同級生が微笑む。
持ち物は全て住職に預けてきたため、時間が分からない。
堂に入る時はまだ日が高かったが…まだ夕方くらいだろうか。
ふと物音で目を覚ました。
昨晩の夢での疲れもあったのか、いつの間にか眠っていたようだ。
同級生も向かいで横になって眠っているようだった。
チリン…
微かにだが、鈴の鳴るような音が聞こえる。
外は風が強いようだ。
風が草木を揺らす音が大きく聞こえる。
気のせいだったか…と思った瞬間、
チリン…
聞こえた。
だが何かがおかしい。
チリン…
今度ははっきりと聞こえた。
これだけの風の音がするのに、なぜ鈴の音がはっきり聞こえるのだろう。
チリン…
堂の中で聞こえている?
それに気づいた瞬間、同級生が大声を上げた。
断末魔の叫びとはこういうものなのか、と思えるほどの、とんでもない絶叫だ。
「く…住職さん…やってくれたわね…あぁぁぁぁっ」
同級生はそう叫びながら、着ていたブラウスのボタンを引きちぎりながら脱いだ。
私は思わず目を逸らした…
が、目を逸らすことはできなかった。
同級生の身体には無数の紫色の斑点?のようなものが浮かび上がっていたのだ。
すかさず私はズボンのポケットから住職から渡されたモノを取り出し、それを同級生に振りかけた。
中身は私も知らなかったが、水…のようなものだった。
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「コレを持っておけ」
住職が小瓶を私に渡してきた。
住職と私の大学へ向かう車内での話だ。
「これは?」
「今日の夜、お前の同級生を浄化する」
「は?」
「彼女の前ではお前を浄化するテイで話は進める。お前は適当に相槌でも打っていればいい」
「はっきり言うが、既にお前の精神まで侵蝕している。この場合、大元のボスを何とかしない限り、お前を救うことはできない」
「そして彼女も精神の深くまで侵蝕されているはずだ。浄化はとてつもない苦痛を伴う。そして…浄化の代償として彼女は何かしら失うはずだ」
「浄化の際、彼女に大きな動きがあるはず。さすがのオレもその動きが何なのかは分からない」
「ただ、見ていればすぐに気付くはずだ。彼女にその大きな動きが起きたら、この瓶の中身を振り掛けろ」
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同級生は再び断末魔の叫びを上げた。
しかし同時に、身体の斑点が消え失せた。
同級生は気を失ったのか、そのまま動かなくなった。
次の瞬間、私の意識もフッと薄れた。
浄化に成功したのだろうか。
そのまま私も力なく、その場に倒れ込んだ。
目覚めると、布団の上だった。
住職の寺の本堂だ。
数十畳はあるかという部屋でポツンと一人きりだった。
外からは眩しい光が漏れている。
朝になっていた。
近くの襖が開き、住職のお弟子さんが食事を運んで来てくれた。
その日の朝食は質素な“ザ・お寺”といったラインナップだったが、何故か妙に嬉しかった。
食事を食べ終わる頃、住職が部屋へとやって来た。
「全て終わったぞ」
その言葉で救われた…ような気がするが、何か妙な胸騒ぎもした。
そう、同級生だ。
「彼女も…浄化されたの?」
「あぁ…浄化した。ただ、言っていたとおり、代償も大きかった」
「前にも言ったが、霊との交わりは禁忌だ。女性の場合は…まだ検査はさせていないが、恐らく子供が産めない身体になっているだろう」
「まぁ命を取られなかっただけマシだ。普通なら死ぬか、頭がヤられる」
「ただ…彼女は余りにも深く霊と関わり過ぎた。もう一つ、代償として持ってかれた」
「え…」
「“心”だよ。彼女からは感情が消え失せた。話し掛けても、何の反応もしない」
私も落ち着いてから同級生と会ったが、確かに彼女は抜け殻のようだった。
しかし、私が話し掛けた時に彼女が流した一粒の涙の意味は、未だに私にも分からない。
死の神・侵蝕編
私は暗闇にいた。
暗闇の中にふたりの人物がいる。
そのふたりの人物は面を被っている。
表現できないような、おぞましい面。
目は怪しく光り、吸い込まれそうになる。
声は出せず、動くこともできない。
右側の人物が近付いてくる。
そっと耳元に近付き、こう囁きかける。
(……………?)
日本語ではない。
いや、この世の言葉ではないような気がする。
だが…聞いてしまった。
ヤツの囁きを。すぐそばで。
(死ぬのか…)
そう思った瞬間、後ろから肩を叩かれた。
飛び上がるくらいに驚いた。
そこには見慣れた人物…住職がいた。
「よっ!」
めちゃくちゃ明るく挨拶をしてくる。
「なかなか認識が難しいかとは思うが…これは夢の中だ。さてさて…」
混乱する私を尻目に、住職は死の神をまじまじを見つめる。
「ふーん…なるほどな…コイツら、死の神でもなんでもねー」
「死の神の皮をかぶった低級の霊だ。こういうヤツはこうやって…」
そう言いながら、住職は“ニセ”死の神にそっと触れた。
次の瞬間、ニセ死の神は溶けるように消え失せた。
奥にいたもう1体も、いつの間にか消えていた。
「よし、これで片付いた。後は目覚めれば―」
そこで目が覚めた。
…前にも同じようなコトがなかったか?
恐らくここで横に寝返ると…
いた。ヤツだ。死の神だ。
同じコトを繰り返しているのか?
ヤツは血を流し、そして上から落ちてくる。
私は暗闇にいた。
…また暗闇だ。
どうなってる?
永遠に続くのか?
目が覚めた。
住職の寺の離れだ。
ここで寝返りを打つと…
「ストップ」
寝返りを打つ方向とは反対側から声が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、そこには住職がいた。
いつにない険しい顔をしている。
「…ループ現象か。悪ぃ、ちょいと見誤ったみたいだ。こりゃ根が深いな…」
「ループ現象は、正直…末期に近い。精神にまで侵蝕している証拠だからな」
「一旦お前を目覚めさせる。そのまま目を瞑れ」
ゆっくりと目を閉じる。
次の瞬間、自分の意思とは関係なく目が開いた。
住職の寺の離れだ。
住職が近くに座っている。
「現実だ、安心しろ」
「さて…正直に言え。最近、女とナニかしただろ?」
恐らく住職は全てお見通しだ。
正直に頷く。
数週間前の飲み会、酔っ払った勢いで…よくあるパターンだった。
当時、私は独り身だったので、特に後ろめたいことではない。
相手は大学のゼミで一緒の同級生だ。
至って普通の女性だが…。
「やはりな…。恐らくその時にうつされたんだろう。病気…よりも厄介なモノをな」
住職なりのブラックジョークだったが、全然笑えなかった。
「その女については一旦オレが調べる」
「セックスは男にとっては諸刃の剣だ。いや…ほぼマイナスしかない」
「男は精気を放出する。つまり、最も“気”が弱る瞬間だ」
「逆に女はその精気を吸収する。女にとっては力を得る瞬間」
「そして…そういった“モノ”に憑かれている女からは、その“モノ”うつされる可能性が高い」
「まぁ女の方も別にうつしたい訳じゃない。無意識のうちにうつしちまうんだ」
「だが…今回は意図的にうつしてきた可能性があるな。言ってもお前の守護霊さんは強力だ。それを精神に侵蝕するほどの状態に陥れている」
「それほどのモノであれば、その女自身も精神まで侵蝕されているはず。それを分かっていた上で…ということだ」
「眠れないだろうが、ちょっと休め。少し早いが、後で朝メシを運ぶように言っておく」
住職のお弟子さんが運んでくれた朝食は、やけに豪華だった。
最後の晩餐のように思えて泣きそうになった。
「最後の晩餐はどうだった?」
住職にまでそう言われ、本気で泣く寸前だった。
「おいおい、冗談だって!今日はお前も一緒に動いてもらう。その為に食事も多くするように頼んだんだ」
「よし、まずはお前の大学に行くぞ」
そして住職と共に、私が通う大学へと向かった。
その日、大学は週末で休みだった。
例の同級生が来ているとは思えないが…。
住職は何かが分かっているかのように、スタスタと前を歩いて行く。
そのまま、校内にあるカフェへとたどり着いた。
「あの子だな?」
住職が指を指す方向に、その子がいた。
「今、お前が纏っている“邪気”を辿ってきたんだ。彼女も同じ邪気を纏っている」
そう言いながら、住職は同級生へと近付く。
「君だね?コイツにヘンなモノをうつしたのは?」
本を読んでいた同級生の子は、ゆっくりと顔を上げる。
「早いですね。さすがは住職さん…」
彼女の反応に驚く。
まるで住職が来ることを知っていたかのような…。
「あまり良いコトではないね。ソレを手放すつもりはないかな?」
「残念ですが…私はこのモノ達を飼っていますので」
頭が混乱してきた。
飼っている?霊的なモノを??
一体彼女は何を言っているのか。
「だれそれ構わず振りまくのもよろしくないね」
「自分の身を守るためです。彼は…ごめんなさい。うつすつもりはなかったんです。彼が本当に素敵で、あの夜も本当に凄かったから…無意識でうつしてしまいました」
「自身で制御できないのなら、それは飼っているとは言えないよ?」
「はい…住職さんの言うとおりです」
住職が私の肩に手を置いて続ける。
「君…コイツのストーカーでしょ?」
「は?」
思わず声が出た。
私のストーカー?どういうことだ?
「近頃は多くなってるんだぞ?実害のほとんどないストーカーだ」
「まぁ“ストーカー”は言い過ぎかな?片思い以上ストーカー未満、といったところか」
「相手の身辺をくまなく調べたり、やるとしても遠くから眺める程度」
「よくある、メールをしつこく送ったり、とか、そういったことはしない」
「しかし、そういうタイプの方が、相手に掛ける想いが強い」
同級生は否定もせずに私を見つめている。
「君は異常なまでにコイツの身辺を調べたね?恐らくは先祖にまでさかのぼって。当然、オレのコトも知っている」
「君はずっと、自身の飼っているモノを浄化できるほどの力を持っている者を探していた」
「そして偶然好意を寄せたコイツの身辺に、偶然にもオレがいることを調べ上げた」
「まぁ力を持つ者を探す理由は、ちょっとした興味本位だろう」
「君の言葉に偽りはないだろう。例の夜は余りにもの快楽でタガが外れ、無意識のうちに君のモノをこいつにうつしてしまった」
「オレと接触できる口実が、偶然にも出来上がったワケだ」
同級生は私を見つめながら頷く。
「間違いないです。初めて会っただけで、そこまで分かるのですか?」
「いや、実は事前に調べさせてもらった。君の名前はコイツから聞いていたからね」
「では住職さん。私のこのモノ達を浄化できますか?」
意外にも、住職は首を横に振った。
「期待に応えられなくて悪いけど、君のモノを浄化することはできない。もう精神の深い部分まで侵蝕している」
「そこまで侵蝕していれば、普通なら生きていられないはず。飼っている、というのもあながち間違いじゃないね」
「はっきり言って、君のことはどうでもいいんだ。だがコイツは違う。コイツはオレが救わなきゃならない」
「その為には君の協力が必要だ。助けてくれるね?」
なおも同級生は私を見つめながら頷く。
「住職さんは正直ですね。分かりました。お手伝いします」
そして私達3人は、そのモノの浄化の為、とある場所へと向かうのであった。
(次回へと続く)
ドッペルゲンガー・完結編
「この阿修羅像、何で袋に入ってると思う?」
住職が聞いてきた。
確かに、袋に入れての保管は少し不自然な気がする。
よく見ると、袋に赤黒いモノが付着している。
「コレって…」
Fさんも気がついたのか、住職に尋ねた。
「血だよ」
住職がそう言った瞬間、私とFさんは思わず身を引いた。
「勝手に血が流れ続けてる。“血の涙を流すマリア像”なんてのもあるが、アレも案外ウソじゃないかもな」
「まず、GはFへの復讐のために、この阿修羅像へその身を売ったんだ」
「その代わりに、ドッペルゲンガーを作り出せるほどの、強大な力を手に入れた」
そこで私が思った疑問を住職にぶつける。
「身を売るって…どうやって??」
「簡単だ。経血を像にぬりたくったのさ」
Fさんがあからさまにイヤな顔をする。
「阿修羅は鬼神だ。鬼神は血を好み、自ら血を与えた者に力を与える」
「が、もちろんその代償は大きい。Gはその代償に耐えられなくなったんだ」
「そこで止めておけばいいものを…まぁGも混乱していたんだろう。“あるモノ”でその代償を打ち消そうとした」
そう言いながら、住職は透明の袋を取り出した。
中には白っぽい枝のようなモノが数個入っていた。
ソレを見た瞬間、背筋に寒いモノが走った。
Fさんも何かを感じたのか、両手で自分の肩を抱いた。
「ほぉ、Fにすら影響を与えるか…」
「コレは狐の骨だ」
「実はコレが困った代物でな…Gはどこで手に入れたか話そうとしない」
「まぁ恐らくは適当な呪術業者から買ったんだろう。その業者もそんなにヤバイ代物だとは思ってもいなかったはずだ」
「一見、最近のもののように見えるが、これは相当古いものだ」
「蠱毒…知ってるよな。アレで呪いを詰め込まれた…凄まじい代物だよ」
蠱毒は中国が起源の呪術だ。
いくつかの昆虫をツボに入れると、そのうちに共食いを始める。
最後に生き残った昆虫には、他の食われた昆虫の怨念が篭もるので、その残った昆虫を漢方にするなりして、呪いたい人に食べさせれば呪いが成立する…といったものだ。
「蠱毒は別に昆虫に限ったものじゃない。動物…最悪、人間でやったという事例もある」
「小さな虫でそれほどの呪いの効果が出るんだ。動物や人間なら…どれほどの効果になるか分かるな」
「更に輪をかけてマズイのが、狐ってところだ。狐の呪いは場合によっては凄まじい力を持つ」
「蠱毒で生まれた呪いであれば尚更だ。が、この狐の呪いは尋常ではない」
住職が狐の骨が入った袋を持ち上げて続ける。
「恐らくは蠱毒を複数回行ったんだろう。1回の蠱毒でもかなりの呪いの効果が出るが、それを何度も行えば…」
「だ、大丈夫なの??」
耐えかねたFさんが思わず声を上げた。
「既に封印はしてある。安心しろ」
「だがさすがにオレの力の次元を超えてるからな…コイツには定期的に封印を施し、少しずつ浄化していくしかない」
「恐らくオレの世代では浄化しきれないだろう」
それほどのモノが世に出回っているとは…しかも一般人が普通に買えてしまうのだ。
「そういう事情を知らなかったGは、阿修羅と狐、双方の代償が降りかかった」
「そして怖くなったGが最後に頼ったのが…コレだ」
3つめの袋を住職が取り出す。
あまりにも有名なモノだったので、逆に呆気に取られた。
「藁人形…」
「日本ではお馴染みの呪いのアイテムだな」
「“呪いの”藁人形で有名になりすぎだが、藁人形は自身の身代わりとしても使えるんだ」
「もちろん、使い方を間違えなければ…案の定、Gは使い方を間違った」
「呪いの藁人形の儀式を他人に見られると、その呪いは自身に降り掛かる、と言われるが、身代わりの場合も一緒だ」
「手順を間違えれば、呪いの身代わりになるどころか、より強力になって自身に降り掛かってしまう」
「藁人形を身代わりにする方法は知らない方がいい。とにかく、Gは失敗した」
「結局、呪いたい相手に使おうと思ったモノが、ことごとく失敗に終わったわけだ」
住職の説明通りであれば、Gさんには尋常ではない呪いが掛かっているはずだ。
「Gさんは…?」
「…実はウチの寺にいる。残念だがそう長くはないだろう。もう手の施しようがない」
「お前達も、阿修羅に“神”頼み、なんて絶対にするなよ。こうなるからな」
住職が数枚の写真を取り出した。
それはGさんを撮影したものであった。
顔の左右、胸の左右に痣のようなものができていた。
顔の痣は、まるで顔のような痣であり、胸の痣は、まるで腕のような痣であった。
そう、Gさんは“阿修羅”と化していたのだ。
死の神
私は暗闇にいた。
暗闇の中にふたりの人物がいる。
そのふたりの人物は面を被っている。
表現できないような、おぞましい面。
目は怪しく光り、吸い込まれそうになる。
声は出せず、動くこともできない。
右側の人物が近付いてくる。
そっと耳元に近付き、こう囁きかける。
――――
いつも私はここで目が覚める。
全身がダルく、嫌な汗で濡れている。
最後に何を囁かれたかは思い出せない。
何か恐ろしいことを囁かれたような気もする。
ほぼ毎晩この夢を見ていた。
疲れはピークに達していた。
「へぇ、そりゃ興味があるな」
高いがお前だから特別だ、と言いながら、住職が高級だと言い張る緑茶を注いでくれる。
茶柱が立った。
3つも。
全然良い状況ではないのに。
しかし、確かにとても良い香りがする。
「どんな服装をしてる?」
答えようとしたが言葉が出ない。
服装…全く覚えていない。
「面に気がいって覚えてないな?面は…恐らくこんなんじゃないか?」
そう言いながら、住職は一枚の写真を差し出した。
そこにはふたつの面が写っていた。
確かに、夢で見る面と全く同じだ。
「やはり…お前の夢に出てくる人物、そりゃ“死の神”だ」
「死神?」
「いや、死“の”神だ。死神とはちょっと違う」
「死神は、まぁみんながよく知っているヤツだな。死神はただ命を奪うだけじゃない。それだと人類が滅亡しちまうだろ?」
「だから、本来死神は死と同時に生も与える。均衡を保つようにな。だが…」
「死の神は、死だけを与える、最悪の悪魔だ」
「でも“死の神”なんて聞いたことないよ」
「そうだろうな。恐らくオレらの業界…それも限られた人物しか知らないからな」
「最後に何て囁かれた?」
素直に囁かれる直前で目が覚めることを伝えた。
「良かったな。まだ持って行かれてない。先に言うと、囁いた言葉を覚えていた時点でアウトだ。もうオレでも助けられない」
「じゃあ…まだ間に合うってこと??」
住職は大きく頷く。
「今晩はここに泊まっていけ。お前が寝たら“退治”開始だ」
――――
私は暗闇にいた。
暗闇の中にふたりの人物がいる。
そのふたりの人物は面を被っている。
表現できないような、おぞましい面。
目は怪しく光り、吸い込まれそうになる。
声は出せず、動くこともできない。
右側の人物が近付いてくる。
そっと耳元に近付き、こう囁きかける。
(……………?)
日本語ではない。
いや、この世の言葉ではないような気がする。
だが…聞いてしまった。
ヤツの囁きを。すぐそばで。
(死ぬのか…)
そう思った瞬間、後ろから肩を叩かれた。
飛び上がるくらいビックリする。
そこには見慣れた人物…住職がいた。
「よっ!」
めちゃくちゃ明るく挨拶をしてくる。
「なかなか認識が難しいかとは思うが…これは夢の中だ。さてさて…」
混乱する私を尻目に、住職は死の神をまじまじを見つめる。
「ふーん…なるほどな…コイツら、死の神でもなんでもねー」
「死の神の皮をかぶった低級の霊だ。こういうヤツはこうやって…」
そう言いながら、住職は“ニセ”死の神にそっと触れた。
次の瞬間、ニセ死の神は溶けるように消え失せた。
奥にいたもう1体も、いつの間にか消えていた。
「よし、これで片付いた。後は目覚めれば――」
そこで目が覚めた。
住職の寺の離れ、四畳半の結界に囲まれた部屋に泊まっていた。
住職の話が中途半端だったような気もするが、何となくスッキリしたような感覚があり、横向きに寝返りを打った。
そこにヤツがいた。
目と鼻の先に。
おぞましい面。死の神だ。
私と同じように横向きで横たわっているのだろうか。
顔は私と同じ方向を向いていた。
完全に思考が止まっていた。
なぜ現実にコイツが?
遂に私にも霊が見えるようになったのか?
いやいや、ここは結界の間だ。
入り込めるはずがない。
などと考えていると、おぞましい面の目の部分から、赤黒いドロっとした液体が流れ出した。
鼻、そして口からも。
生臭くツンとした臭いが鼻を突く。
液体の中に蠢くモノが見える。
蛆か、幼虫か…凄まじい光景がすぐ目の前で起きていた。
ソイツの口からムカデのようなモノが這い出てきた時、気が遠くなっていった。
が、その瞬間に死の神が消え失せた。
流れ出ていた赤黒い液体もない。
布団も汚れていない。
(夢…?)
そう思い、動けるようになった身体を仰向けに寝返った瞬間、ヤツは天井にいた。
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ~)
そう叫びながら私へと落ちてきた。
(次回へと続く)
続・ドッペルゲンガー
「またアンタを見かけたんだけど…偽者じゃないわよね…??」
Fさんが住職のもとを訪ね、開口一番そう言った。
その日は私も住職と一緒にいたため、これはFさんから直接聞いている話だ。
2児の母には到底見えないスラリとしたスタイルで、(相変わらず綺麗だなぁ)と見とれている私に気がついたのか、住職が私の頬をつねり上げる。
「お前にはチャンスなんかねーぞ。まぁもしFにナニかしたら、オレがお前を呪ってやる」
目を細めて冗談っぽくニヤついているが、住職なら本当に呪いかねないので恐ろしい。
「どこで見た?」
急に真顔になった住職がFさんに尋ねた。
住職は少しばかり緊張しているようにも見える。
「国道の通りを歩いてた。隣に女の人も一緒だったわ。兄さんは女性を連れて歩くことはないからね…それで今回はおかしいって気付いたの」
『愛せない理由』をお読みいただいた方は既にお分かりいただいているかと思うが、とある出来事により、住職が想いを寄せる女性はいない。
住職が若い女性とふたりっきりで歩くとすれば、妹さんのFさんくらいだ。
『愛せない理由』の出来事については、もちろんFさんも知っている。
だからこそ、見かけた住職がおかしいと気付いたのだ。
「F、お前、大学時代のGって女、知ってるだろ?」
Fさんは一瞬考えるような表情をしたが、すぐに気付いたのか、首を大きく縦に振った。
「あっ、いたいた!G!暗いわけじゃなかったけど、占いとかが好きで、ひとりでいることが多かったわね」
「…って言うか、何でアンタがGのコト知ってんの??」
怪訝な表情でFさんは住職に尋ねる。
「結論から言えば、そのGって子の仕業だ」
驚き、そして怒った表情を見せるFさん。
「はぁ?アタシがGに何したってのよ!」
「しかも、ニセのアンタを見せつける嫌がらせって何なのよ!」
「て言うか、ドッペルなんとかってかなりの力がないと作れないんでしょ?Gにはそんな力があるってコト??」
立て続けに質問を投げかけるFさんを住職が手で制する。
「まぁ落ち着けって。Gのコトを調べるのは簡単だ。オレ様のスーパー情報網だぜ?」
「ニセのオレを見せつけるのは、とある理由がある。これは後で説明する」
「Gはドッペルなんとかを作り出せるだけの力を持ってる。現にお前に見せているからな。それが証拠だ」
「Gは生まれつき“力”を持っていたわけじゃない。独学と“とある儀式”を行って手に入れた力だ。まぁオレたちから言わせれば『邪道』だな」
「そして、なぜそこまでして力を得たのか…答えは簡単だ。お前への“復讐”だよ」
Fさんへの復讐…。
背筋が少し寒くなる感じがした。
Fさんは本当に綺麗な女性だ。
もちろん、Fさんを妬んでいる女性がいてもおかしくはないが、しかし、Fさんはサバサバした裏表のない女性でもある。
メジャーどころで言えば“恋愛関係のもつれ”が原因だろうが、Fさんのそんな“もつれ”の話などは一度も聞いたことがない。
そんな私やFさんの疑問に気が付いたのか、住職が口を開く。
「さて…じゃあ何でFに復讐をしたいのか…それは、オレたちの先祖の話にまで遡る」
住職の先祖は『住持職』、つまりは住職であり、私の知る住職と同じ生業を行っていた。
先祖の住職はとてつもない力の持ち主だったそうで、数多くの霊的な問題を解決に導いていた。
そんな先祖のもとに、ある時期から類似した依頼が届くようになった。
『先祖と同じような生業を行っている住職がいるが、実際には何も解決しておらず、むしろ悪化している。それでいて取られる費用も高額だ』
多忙を極める先祖であったが、空いた時間を利用し、その問題のある住職を調べてみた。
「まさかその問題のある住職って…」
何となく予測はできたが、恐る恐る住職に質問する。
「そう、Gの先祖の住職だ」
「G側の住職は実際には何の力も持っていなかった。…いや、正確に言えば“とある”力は持っていた。本人は気づいていなかったようだがな」
「厄神だよ。Gの先祖は厄神に取り憑かれていた」
「厄神は別に当人にだけ影響を与えるわけじゃない。Gの先祖のようなぼったくりをやってたんじゃあ厄神はより力を持ち、周囲にも大きな影響を与える」
「オレの先祖はよっぽど良い人だったみたいだ。ご丁寧にもGの先祖に文書を送った。『厄神に取り憑かれている。祓ってやる』と」
「激昂したはGの先祖だ。ウチの先祖が順調だったのも気に食わなかったんだろう」
「Gの先祖はウチの先祖に“あるモノ”を送りつけてきた」
「木で作られた“阿修羅”の像だ。大きくはない、手に乗せられるほどのものだな」
「阿修羅は…知ってるよな??インドでは鬼神、悪神として忌み恐れられている。顔が3つあって、腕は6本の…アレだ」
「Gの先祖がなぜソレを送りつけてきたか、ソレをどうやって手に入れたのかは分からないが、その阿修羅像には強力な呪いが掛かっていた」
「まぁ…仕方が無かった。Gの先祖はその像が呪われているとは思ってもいなかったはずだ。シャレ…でもないが、ちょっとした脅しで送ったんだろう」
「コレに逆にブチギレたのがウチのご先祖さま。呪い返しを施した上で、その像を送り返しちまった」
「阿修羅はその性質上、呪いを大きく増幅させる。呪い返しで更に強くなった力は、Gの先祖の肉体まで崩壊させた」
「数日の内にGの先祖の家族は全員死に絶えた」
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「え?じゃあGは誰の子どもなのよ」
私も思ったコトをFさんが代わりに質問する。
「Gの先祖には妹がいた。この妹はGの先祖とは腹違いの妹だ。そのお陰なのか、この妹とその家族には影響がなかった」
「つまり、その妹の子孫が…」
「そう、Gってわけだな」
しかし、そうなるとFさんへの復讐の理由がますます分からない。
「まぁ、実際にはオレたち子孫への復讐なんだがな…オレはこんな感じで特殊な力の持ち主だ。今のウチの家系では、お前…Fだけが力を覚醒していない」
「私を標的にしたのね…」
住職が頷く。
「Fは既に家庭も持ってるからな。家族ごと潰すつもりだったんだろう」
少し疑問に思ったコトを住職に尋ねる。
「え、でもGさんは住職のコトも知ってるんでしょ?じゃあFさんに何かしても、住職が助けることくらい彼女も分かりそうなものだけど…」
「実は、Gはドッペルゲンガー以外にも、いくつか呪いのアイテムを用意していたんだ。一つ目は、コレだ」
そう言いながら住職が取り出したのは、阿修羅の像だった。
手に乗るサイズの物で、透明な袋に入れてあった。
「これって…」
「そう、Gの先祖を全滅させた阿修羅像だ。これはGから譲り受けてきた」
「はぁ??」
Fさんが呆れたような表情を見せる。
確かに、Gさんから譲り受けた、とはどういうことなのか…。
「前置きが長くなったな。このドッペルなんとかの問題、実は裏ではちょいと大きな話になっててな…」
そして住職は、とんでもない事実を告げるのであった。
(次回へと続く)
ドッペルゲンガー
“ドッペルゲンガー”…
「自己像幻視」という幻覚の一種だ。
オカルト業界では、「ドッペルゲンガーを見ると死ぬ」といった題材としてよく使われている。
脳に腫瘍があったり、極限のストレスを感じた時などに自身の幻覚が見えてしまう、一種の機能障害、病気に近い。
しかし、科学では証明できない“ドッペルゲンガー”が存在するのも、また事実である―。
「ドッペルゲンガー、見たことあるか?」
お気に入りの日本酒で気持ちよく酔っ払っている住職が私に聞いてきた。
「見たことないよ」
当然の回答をする。見たことなど一度もない。
「オレは見たことがある。いや、“見られた”ことがあるんだ」
「他人にオレのドッペルゲンガーが見られたんだ。科学の負けだな。へへへ」
そう言いながら、住職はイヤラシイ笑みを見せる。
住職には妹さんがいる。
その妹さんをFさんとしよう。
Fさんは住職と似ても似つかない、スラッとした美人なのだが、性格は住職のソレとほぼ一緒なので、兄妹ということは誰にでもすぐに分かる。
ある日、Fさんが住職を訪ねて来た。
Fさんは既に結婚しており、住職とは別の地域に住んでいる。
「アンタねぇ。フザケるならもっとマシなフザケ方しなさいよ!」
住職にはFさんが何を言っているのか分からなかった。
「3日連続でピンポンダッシュするとか!ガキじゃないんだから!」
Fさんが言うには、3日連続で住職がFさんの家を訪ね、インターホンを押して逃げた、と言うのである。
住職には全く心当たりがなかった。
というか、そんな幼稚なコトをするはずがなかった。
見間違いじゃないのか、と住職が反論するも、実の兄を見間違うワケがない、と更に反論するFさん。
「服装だって、アンタがお気に入りのスカジャンに下はジーパン。あんな格好の似てる人なんてこの町にいやしないわよ!」
Fさんが言った服装は確かに住職がよくするスタイルであり、その色までピッタリ合っていた。
ちなみに、Fさん家のインターホンにはカメラが内蔵してあり、部屋のモニターから訪問者を確認できるようになっている。
と、Fさんと話している間に少し嫌な気配を感じた住職は、後日、Fさんの家で直接確認する、と言い、その場は解散となった。
そして後日、住職はFさんの家にいた。
Fさんが住職を訪ねてから1週間ほどが経過していたが、それまでも2回ほど“ニセ住職”は訪ねて来たそうだった。
住職が訪ねて来てから間もなく、Fさんの家のインターホンが鳴った。
すぐにふたりでモニターを覗き込む。
「来た…」
Fさんが呟く。
住職が目配せし、Fさんを玄関に向かわせる。
その間も住職がモニターを確認する。
ニセ住職の服装は、前回Fさんが言ったとおりの、スカジャンにジーパンだった。
Fさんが玄関に出る直前、ニセ住職は右に向かって走り去った。
住職もすぐに玄関へと向かい、右へ走り去ったことをFさんに伝え、ふたりで走り出した。
少し道を進むと、左右に道が分かれている。
そこで住職は左に、Fさんは右に向かうことにした。
Fさんが向かった方向は、しばらくすると国道にぶつかる。
辺りを見渡すと、国道を挟んだ向こう側に、ニセの住職が走っているのが見えた。
片側2車線の国道だ。横断歩道か歩道橋でしか渡れない。
すると後ろから住職も合流した。
「いたな。あとはオレがやる。お前は先に帰ってろ」
そう言われたFさんは、先に家へと帰った。
しばらくしてから住職もFさんへの家へと戻った。
「思ったとおり、ちょっとしたイタズラだったみたいだ。もうニセ住職は現れないはずだ。安心しろ」
住職はそうFさんに告げ、家へと帰った。
「イタズラって??」
私は当然の質問を住職に投げかける。
「その前に、この話には重要な部分がひとつある」
残った日本酒をクッと飲み干し、次の一杯を注ぎながら住職は続ける。
「オレはFの家に行ってない」
そう言いながら、住職はニヤニヤする。
私には住職の言っている意味が分からなかった。
「オレはその日、Fの家には行ってないんだ。別件で他の場所に行ってた」
ゾクリ、と背中に寒いモノが走る。
「じゃあ…Fの家に堂々と上がり込み、Fと一緒に“ニセ”のオレを見ていたのは…一体ダレだ?」
住職は注ぎ終わった日本酒を口に運ぶ。
「正義のドッペルゲンガーが悪のドッペルゲンガーをやっつけてくれたのかもな」
そう言いながら住職は笑う。
「えぇっ、そんな笑っててイイの?」
住職が言うには、既に解決しているから、笑い話で良いのだそうだ。
「Fの家にオレが行ったのは、それから更に2日後だ。Fが“また来たの?”って言うからすぐに分かったよ。“お前、一体誰といたんだ?”って」
「そこからもう一度問いただした。本当にオレだったのか。特に顔を思い出すように」
「すると、Fはニセモノ野郎の服装は鮮明に覚えているが、顔はよく覚えてなかったんだ。ここがドッペルゲンガーのカギだ、カギ」
「実は、病気のドッペルゲンガーの方が顔を鮮明に覚えてるんだ。逆に“誰かが作り出した”ドッペルゲンガーは、顔が曖昧で、服装とかの周りが鮮明になる」
ドッペルゲンガーを作り出す…某巨大掲示板のオカルト板で有名な話を思い出した。
住職もそれに気がついたのか、続ける。
「某巨大掲示板の有名な話があったろ?大ボスが主人公のドッペルゲンガーを作り出して云々みたいな。そう、力のある者にはドッペルゲンガーを作り出せるんだ」
「Fと話している時に、Fの後ろにチラッと見えたんだ。オレにソックリのヤツが。相手は大胆にも、オレがいる目の前でオレのドッペルゲンガーを出現させた」
「まぁ結論を言えば、Fを妬んでたヤツの仕業だった。オレが言うのも何だが、Fは見た目は良いからな。昔は言い寄ってくる男とか、羨む女も多かった」
「Fは気づいていないが、言ってもオレの妹だ。かなりの力を持っているからな。たまにヘンなのが干渉してくることがあるんだ」
「今回は多分その中のひとりだろう。それでもオレ様の力には及ばないからな。二度とドッペルゲンガーを作り出せないようにしてやった」
“二度と”の言い方がかなりキツかった。
住職とFさんは会うと喧嘩ばかりしているが、しかし住職はFさんをとても大切にしている。
恐らくドッペルゲンガーを作り出した相手は、住職によりかなりの霊力を封印されたはずだ。
科学で証明できないドッペルゲンガーが、ここに証明された瞬間だった。
愛せない理由
私の尊敬する師匠である住職は、既に良い歳なのだが、結婚していない。
住職については、以前の投稿をお読みいただいている方は既にご存知だと思うが、念の為に補足しておく。
その住職とは、母を介して私が小さい頃からの知り合いであり、様々な良い事や悪い事?も教わったものであった。
住職らしからぬノリの良さで、ちょっとチャラい住職でもある。
しかしながらその能力は本物で、霊視はもちろんのこと、除霊や浄霊はお手の物だが、その実情を知っている人物は極少人数である。
住職が結婚しないのには理由があった。
それは、住職の壮絶な経験が、結婚を…いや、人を愛することをできなくさせていた。
住職には彼女さんがいた。
仮にその彼女はEさんとしよう。
Eさんとは私も何度か会ったことがあった。
Eさんは、少し影のある感じではあったが、お淑やかで優しく、とても綺麗だった。
多分、住職もEさんも結婚を意識していたんだと思う。
Eさんは呪われていた。
いや、Eさんの家族は全員呪われていたそうだ。
それはEさんの高祖母の行いにまで遡る。
Eさん家は代々、“巫(かんなぎ)”でかなり有名な家系であったそうだ。
巫とは、自身を神の寄り代とし、神の言葉を伝える、というのが主な役割ではあるが、実際には霊視や除霊、浄霊などを請け負うことが多かったようだ。
当時でも中々に少なくなった存在ではあるが、Eさんの高祖母は伝統ある巫を続けていた一人であった。
…しかし、実際には巫の役目を担ってはいなかったのだ。
Eさんの高祖母は“呪いの代行”を行っていた。
しかも、呪いを掛けるのは高祖母ではなく、呪いの元凶となる、とある人物に行わせていた。
いや、高祖母は呪いの元凶を作り上げていた。
Eさんの高祖母は、呪われている人物を見つけては「呪いを解いてやろう」と言葉巧みに自宅の隣にある儀式場へと連れ帰っていた。
その儀式場には、小さな女の子が住んでいた。
Eさん家の家族…ではない、女の子だ。
実際に呪いを解く力なんて持っていなかった高祖母は、あたかも呪いを解くかのような儀式を行った。
そして最後に、呪われている人物の指先を少し切り、その血液を集める。
儀式はそれで終了。
「呪いの元凶は抜けたから大丈夫」などと適当に伝え、呪いなど解かれていない人物は満足気に帰ってゆく。
その後、高祖母は集めた血を持って、女の子のもとへ向かう。
女の子は儀式場の地下に住まわされていた。
そして、その集めた血を女の子に飲ませるのだ。
住職によると、呪いが掛かっている人物の血にも、それなりの呪いの力が宿るのだそうだ。
そんな血を幾度となく飲まされた女の子は、呪いの元凶、呪いそのものの存在となっていた。
では、どのようにして呪うのか。
それは、その女の子の血を呪いたい人物に飲ませるのだ。
食べ物、飲み物、何でも構わないので、彼女の血を一滴でも口に含めば、呪いが成立する。
いとも簡単で、そして正に最悪な方法であった。
ある日、呪いの元凶となっていた女の子が消えた。
その数日後、高祖母も原因不明の病で急死。
目が見開かれ、恐怖に歪んだような顔で死んでいたそうだ。
その後、Eさん家では不可解な事が起きるようになった。
一族の“女性”は30歳以上は生きられないようになってしまったのだ。
30歳を超えていた女性は、親戚を含め次々と死に至り、新しく生まれてきた“女性”も、30歳には必ず死んでしまっていた。
また偶然なのか、これも呪いなのか、Eさんの高祖母が亡くなってから、生まれてくる子どもは、全て女の子であった。
高祖母はそのおぞましき儀式を家族の誰にも伝えていなかったので、まさかこんな呪いに掛かっているとは思ってもいなかったようだ。
高祖母は儀式場は残すように、と常日頃から遺言のように話しており、儀式場は長い間そのまま残されていたが、現代となり、その木造の古い建物も周りの景観に合わなくなっていた。
そこで、儀式場の取り壊しが計画され、中の整理をしていたところ、高祖母が残したであろう手記を発見した。
その手記に、高祖母の一連の儀式の内容が書かれており、「もしかすると一族に呪いが掛かっているのではないか」と推測したEさんは、住職に助けを求めた、といった流れである。
Eさんが住職に助けを求めたのは27歳の時。
呪いが掛かっていることは住職もすぐに分かり、タイムリミットは目前であった。
まずは住職が呪いを解くため、様々な方法を試した。
しかしどれも効果はなく、時間だけが過ぎていった。
実のところ、元凶が儀式場にあることは、住職もすぐに分かっていた。
しかし、そういった“霊的”なことを、Eさんの父親が全く信じておらず、またEさんの父親の職業柄、世間体を非常に気にしていたため、住職を儀式場に入れることに激しく反対していた。
Eさんが29歳になったある日、勤めている会社で倒れた、との連絡が住職に入った。
すぐに病院に駆けつけると、意外にもEさんの顔色は良く、大事には至っていなかった。
過労による貧血、病院の診断はそうなっていたが、そうではないことを住職は理解していた。
先に到着していたEさんの父親に、住職は再度説明した。
今まで幾度となく説明した内容を。
早くしなければ、Eさんも亡くなってしまうかもしれないことを。
住職の熱い気持ちが届いたのか、Eさんの父親は、儀式場の調査を許可したのである。
その週末、住職は儀式場の前に立っていた。
Eさんや周辺住民は何も感じないだろうが、混沌とした禍々しい力を、住職は感じ取っていた。
住職の隣にはEさんもいた。
Eさんがいなければ呪いは解けない、そう確信していた住職は、敢えてEさんを同行させたのだ。
そして二人は、静かに儀式場へと足を踏み入れた。
儀式場の中は、更に混沌とした力が蔓延していた。
前回、途中まで整理したところで、Eさんの高祖母の手記を見つけたため、儀式場の中はやや荒れている状態であった。
外からの見た目とは違い、儀式場はかなり広かった。
1階は儀式を行うメインとなる畳張りの部屋だ。
正面には豪華な祭壇のようなものが設置されていた。
多くの物はダンボール箱へと整理されていたが、まだ大量の書物が棚に残されていた。
そのほとんどは“巫”に関するものだ。
ゆっくりと中を確認した後、住職とEさんは2階へと上がる。
2階は儀式用と思われる小さめの部屋が一つと、残りはキッチンや寝室など、住居スペースとなっていた。
前回はEさんも2階には上がっておらず、高祖母が亡くなってから、ほぼそのままとなっていた。
何十年もの間、誰も踏み入れていないはずだが、ホコリなどはほとんど溜まっておらず、異様な感じがした、とその時の状況を住職は語る。
全ての確認を終えた住職とEさんであったが、肝心のある“モノ”を見つけられていなかった。
そう、“地下室”だ。
手記には地下室についての記載があった。
そして、元凶は地下室にあると、住職も確信していた。
しかし、その地下室への入口がないのだ。
元凶の“力”を探るにしても、既に建物全体に禍々しい力が蔓延しており、住職の能力で探すことは困難であった。
そこで、住職とEさんは手分けをして探すことにした。
しばらく探していると、祭壇の右手にある台座の下に、不自然なマットが敷かれていることに気付いた。
畳と同じような色になっており、部屋が暗いこともあってか気付かなかったようだ。
見た目は重そうな台座であったが、実際には軽く、簡単に移動させることができた。
そしてマットを捲ると、地下への入口らしき、四角い蓋が姿を現した。
蓋には取手が付いており、住職が引っ張り上げたが、鍵が掛かっているのか、蓋は開かなかった。
よく見ると、蓋の右下あたりに小さな鍵穴があった。
鍵の心当たりなど全くなかったEさんであったが、2階に高祖母の書斎があったことを思い出した。
二人で2階に上がり、高祖母の書斎に入る。
書斎はとても綺麗に整頓されていた。
年代物と思わしき机が置いてあり、その引き出しを住職はEさんと一緒に探した。
「あった!これかな…?」
Eさんは幾つかの鍵が付いているキーリングを見つけた。
恐らくは各部屋の鍵であろうか。
その中でも一際に目立つ、古めかしい鍵が付いていた。
それで間違いないと確信した住職とEさんは、再び1階の地下室へ続くであろう蓋のもとへと戻った。
その古めかしい鍵は鍵穴にピッタリとはまり、ギギギ…と長年の錆びが削られるかのような音と共に「ガチャン」と鳴り響き、鍵は開いた。
住職は取手を握り、引っ張り上げる。
少しだけ開いた隙間から、冷たい風が吹き抜ける。
それと同時に、住職の頭には女性の叫び声が響き渡る。
(ここだ…)
確信した住職は、蓋を開け放つ。
そこにはハシゴが続いていた。
懐中電灯で中を照らすと、微かに下が見える。
かなり深い地下のようであった。
住職が先に、Eさんがその後に続いてハシゴを下りる。
光の届かない地下室…中は真っ暗であった。
懐中電灯で照らしながら、その地下室を確認する。
電灯が備え付けてあったが、もちろん既に電気は通っていないので、明かりを灯すことはできない。
住職とEさんは注意深く、ゆっくりと移動を始める。
ハシゴを下りると一本道となっており、その先にはやや広めの空間があった。
“女の子”の生活空間だったのだろうか。
布団や毛布、枕などが生々しくそこには残されていた。
…いや、そこは“生活空間”とは到底呼べないような場所であった。
三畳ほどの板が中央に敷き詰められているだけで、その他の床は土がむき出しであった。
部屋の入口から見て左奥に小さな部屋があり、そこはトイレとして使われていたようであった。
トイレとは言え、こちらも環境は劣悪であり、土の床に穴を掘り、その上に穴の空いた板を置いただけのものであった。
地下室の部屋はそれだけであった。
地下に下りてから、住職は不可解な状況に困惑していた。
儀式場ではあれほどの邪悪な力を感じていたのに、地下に下りると、その力を全く感じなくなったのだ。
(何かが隠されている)
そう感じた住職は、地下室をくまなく調べた。
すると、部屋の入口から見て右奥の壁、約30cm四方だろうか、他の壁と微妙に色が違うことに気付いた。
懐中電灯の光でこの違いを見つけるのは奇跡に近いが…。
「もしかすると見つけてほしかったのかもしれない」
住職はまるで何かに導かれるかのようにそれを見つけたのだそうだ。
手で押してもビクともせず、足で蹴ったところ、バキッ、という音と共にそれに穴が空いた。
表面が土壁にそっくりに作られた、木の箱のようなもので塞がれていたのだ。
木は朽ちかけで、空いた穴から手で簡単に取り除くことができた。
屈んで懐中電灯で中を照らすと、先が通路になっていた。
具体的には、土壁の一部に30cm四方の通路を作っているだけで、壁の向こう側は、人が通れる普通の通路になっていたのだ。
土壁は見た目よりも頑丈に作られており、30cm四方の穴から中に入るしか方法がなかった。
崩落の危険もあったが、Eさんの呪いを解くためには、そんなことを言っていられなかった。
幸い、住職は小柄で、Eさんもほっそりした体型だったので、二人は順番にその穴を通り、通路に入った。
通路を進むと、少し開けた場所に出た。
中にはひな壇のような棚が置かれていた。
棚の上には何も置かれていなかった。
何も置かれてはいなかったのだが…棚には呪文のようなものがビッシリと書かれていた。
住職によれば、それは“魔封じ”の呪文だそうだ。
住職は意を決してその棚を押しのけた。
すると、棚の下には丸い入れ物が置かれていた。
丁度、赤ちゃんをお風呂に入れる時に使うような楕円形の桶、それを少し小さくしたような感じだ。
色は黒。
禍々しい力が溢れ出ているようだった。
蓋は御札のようなもので封をしてあったようだが、既に朽ち果て、端っこの方しか残っていなかった。
住職がその蓋を持ち上げる。
Eさんの悲鳴が響き渡る。
入れ物の中には、ミイラ化した人間が納められていた。
恐らくは例の呪いの元凶と化した女の子であろう。
その顔は歪み、まるで人間とは思えないような顔付きであったそうだ。
住職とEさんはすぐに警察に連絡した。
現場では警察の現場検証が行われ、住職やEさん、Eさんの父親が事情を聞かれた。
しかし、如何せんEさん家は高祖母の行いや事実を知らず、答えられるようなことはほとんどなかった。
そして、女の子の遺体の状態から、住職たちが関与している可能性はないと判断された。
またEさんの高祖母も既に他界しており、証拠も手記しか残っておらず、捜査等が行われることはなかった。
住職の能力については、多少疑われたようだが、そういったコトに慣れている住職は、
のらりくらりと警察の事情聴取をうまくかわしたそうだ。
女の子は、Eさん、そしてEさんの父親の希望で、住職も見守る中、手厚く埋葬された。
心なしかEさんの顔色が良くなっているように見えた。
この一件で、Eさんの父親も公認の仲となり、住職とEさんの結婚は間近かと思われた。
私も心からそう願っていた。
Eさんが30歳になった冬、職場でEさんが倒れたとの連絡が住職のもとに入った。
すぐに住職は病院に駆けつけたが、Eさんの症状はあまり思わしくなかった。
口には酸素吸入、腕には点滴…。
住職が担当医に詳細を聞くも、精密な検査をしない限りは何とも言えないが、血液検査を見る限りは全く問題がなく、担当医も首を傾げていた。
呼吸がやや浅いため、念のために酸素吸入と、栄養剤の点滴を行っているに過ぎなかった。
「Eの呪いは解けたんじゃなかったのか?」
Eさんの父親は、攻めるような口調ではなく、あくまでも冷静に住職へと尋ねた。
住職は回答に困った。
Eさんからは既に呪いの気は消えていた。
しかし、どう考えても呪いの影響に違いなかった。
(何故だ…何かをし忘れたのか)
(いや、そんなハズはない…手厚く葬っただろ)
(よく考えろ…いや、教えてくれ)
(オレは一体何をしなければならない…!)
その夜、Eさんは住職の寺の一室にいた。
Eさんが“最期”は住職と二人が良い、と希望したので、病院を抜け出し、住職の寺へとやって来たのだ。
住職もEさん自身も、Eさんの先が長くないことは分かっていた。
住職はEさんの手を握り、何も言わずにEさんの目を見つめていた。
Eさんの最期は壮絶なものであった。
口、鼻、耳、目、身体の穴という穴から血を流し、長時間苦しみ抜いて死を迎えた。
当然、病院や警察からは住職が疑われたが、何度検査をしても死因が不明であったため、すぐに住職の疑いは晴れた。
Eさんの父親から責められることも覚悟したが、意外にも、Eさんの父親は住職に感謝の言葉を贈った。
「Eは…もしかすると小さい頃から呪いの存在を知っていたのかもしれない。あまり笑うことをせず、恋愛などしなかったEが、唯一、君に心を開き、私に笑顔を見せてくれた。短くはあったが、君と共に過ごした時間は、Eにとっても、私にとっても貴重な宝物だ。本当にありがとう」
しかし、Eさんを救えなかった住職は悲しみに暮れた。
その悲しみを酒で紛らわせる、といった荒れた生活が続いた。
Eさんが亡くなって1週間が経ったある日、いつものように浴びるように酒を飲んで眠っていた住職は、Eさんの夢を見た。
Eさんの後ろ姿が見える。
Eさんが斜め上を指差す。
Eさんが指を差す方向には建物が見える。
儀式場だ。
Eさんは儀式場の屋根の部分を指差している。
振り向いたEさんは悲しげな表情をしている。
そこで住職は目が覚めた。
(儀式場にはまだ何かがある)
Eさんの訴えでそう確信した住職は、すぐに儀式場へと向かった。
住職は儀式場の前に立っていた。
今回は一人だ。
Eさんの父親は仕事で家を出ていたが、住職の連絡を受け、快く儀式場の調査を承諾した。
(もし何かあった時のために)
と、Eさんは儀式場の鍵を住職に預けていた。
Eさんは…こうなることを知っていたのかもしれない。
今となってはそれを確認することもできない。
悲しみを振り払い、住職は儀式場へと再び足を踏み入れた。
警察の現場検証の後もEさんの父親は入っていない、と聞いていたので、儀式場はほとんど変わっていなかった。
(Eが指差していたのは2階か?)
そう考えた住職は、2階を再度確認することにした。
2階はおろか、建物自体から禍々しい力は消えていた。
一体まだ何が隠されているのか…住職は困惑した。
小一時間は確認をしただろうか。
住職は何も見つけられずにいた。
焦る住職の頭に、先代の言葉がよぎった。
(何かあるはずの場所で何も見つけられない場合、目を瞑り、まずは落ち着くのだ。そして、頭の中でその場所を再度確認するのだ。少しでも現実と異なる部分があれば、そこに何かしらが隠されている)
住職は目を瞑り、気持ちを落ち着かせた。
そして、儀式場の2階を“頭の中”で再確認する。
一度“頭の中”で2階を確認した住職であったが、特に変化は見られなかった。
落ち着きを取り戻した住職は、より注意深く、もう一度2階を“頭の中”で確認して回る。
すると、各部屋を繋いでいる廊下のとある天井に黒い影のようなモノが見えた。
場所としては、ちょうど書斎の前あたりだ。
その天井の下に来た住職であったが、特に変わったところは無いように見えた。
住職は再び“頭の中”で周囲を見渡した。
すると、今度は左の足元の壁近くにある、コンセントが少し輝いた。
よくよく考えれば、そのコンセントは明らかに不自然な場所に設置されていた。
廊下の場所としても中途半端だ。
住職は屈んでコンセントを確認する。
一見すると普通のコンセントに見えるが、下の二つの穴が偽物だった。
ボタンのように押せるようになっていたのだ。
住職はゆっくりとその“ボタン”を押し込む。
ガチャン、といった音と共に、目の前の天井が傾いた。
(隠し階段か…!)
そう、隠し階段だった。
Eさんが訴えていたのはこの場所だったのだ。
手が届く場所まで傾いた階段を、住職は引っ張り出した。
階段は木製だが作りはしっかりしていた。
住職はその階段をゆっくりと上がった。
そこは屋根裏部屋だった。
まるで最近人が掃除をしたかのように床が綺麗であった。
住職に“恐怖”が湧き上がる。
そして、屋根裏部屋に上がった瞬間から、住職の身体には恐ろしいほどの禍々しい気がねっとりとまとわりついていた。
背中がゾクゾクする。
何か悪いコトが起きる前兆だ。
握る懐中電灯の光が震える。
屋根裏は広かった。
懐中電灯の光が、ある一点で止まった。
屋根裏にそれ以外の物は何も無かった。
ほぼ真ん中あたりだろうか。
台座のようなモノがあり、その上に木の箱が置かれていた。
箱には無数の札が貼られていた。
(魔封の札…)
魔を封じる呪文が書かれた御札だ。
そこには、住職ですら見たことが無い呪文も書かれていた。
(一体何を封印している…)
恐怖はピークに達していたが、意を決して、その箱に手を伸ばす。
指先が箱に少し触れた瞬間、電気のような痺れが身体中を襲った。
怨念。それは怨念そのものだった。
住職は念仏を唱えながら、その箱の蓋を取り払った。
「うわー!」
住職が声を上げて恐怖したのは、現在に至るまでもこの1回だけだそうだ。
そこには首が入っていた。
ミイラ化した首だった。
長い髪がまだ残されていたため、恐らくは女の子のものだろう。
その顔は見るに堪えないほどに歪んでいたそうだ。
住職はその場に崩れ落ちた。
そう、呪いは解けていなかったのだ。
地下で亡くなっていた遺体はコレの存在を隠すためのダミーだったのだ。
呪いの元凶などではない、誰とも分からない遺体を、ただ手厚く葬っただけだったのだ。
その首の横には、折りたたまれた黄ばんだ紙が入っていた。
その紙にはこう書かれていた。
『間に合わなかったな』
「そ、それって、まさか…」
私が全てを言い終わる前に、住職は首を横に振った。
「いや、年齢的に高祖母が生きているはずはない。Eの父親がこんなことをするとは思えない。もちろん親戚だって調べたが、そもそもEの親戚のほとんどは死んじまってたからな。唯一生き残ってた親戚も、高祖母の件は知らなかった」
「もしかするとEの高祖母は、本物の力の持ち主だったのかもな。こうなるのが分かっていたのかもしれないな…」
そう言いながら日本酒を口に運ぶ住職の横顔を忘れることはないだろう。